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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1171号 判決 1991年1月30日

控訴人

砂原直文

控訴人

西野光

控訴人

沼田隆明

控訴人

大田透

控訴人

林一樹

控訴人

田上豊彦

控訴人

大田和男

控訴人

藤田久之

控訴人

清水健一郎

控訴人

水田久幸

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

石川元也

羽柴修

小林勤武

西村文茂

梅田章二

被控訴人

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

石月昭二

右訴訟代理人被控訴人職員

福田一身

北村輝雄

橋本公夫

右訴訟代理人弁護士

天野実

右当事者間の頭書控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人ら各自に対し、各金五〇万円およびこれに対する昭和六一年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2につき仮執行宣言。

二  被控訴人

主文同旨。

第二当事者の主張

左記のとおり付加するほか、原判決事実摘示中控訴人らと被控訴人の関係部分と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目表八行目の「一貫」を「一環」と訂正する。)。

一  控訴人らの主張

1  本件特別安全教育実施に至る経緯と目的

本件特別安全教育(以下「本件特安教育」、または「本件教育」ともいう。)が実施された昭和六〇年一一月以前、鷹取工場において労災事故が多発していたわけではなく、同教育の目的は、以下のとおり、国鉄の分割・民営化に反対する国労所属の組合員に対する労務対策としてなされたものである。

(一) 本件特安教育実施前における同工場での労災事故は、本社統計による有休傷害者の千人率をとった場合には、他工場と比較しても劣悪なものではなく、却って、昭和五六年三月及び同五九年七月に死亡事故が発生しているにも拘らず、同六〇年度の教育計画においても本件特安教育の如きものは計画すらされていなかった。

本件特安教育は、従来の安全教育が全職員を対象にした半日位の講習であったのに比べて、<1>期間が異常に長いこと、<2>試験があるだけでなく、落第もあること、<3>落第者に本来の業務以外の作業を課すこと、<4>何回も落第させることなどの点で著しい相違があり、本件特安教育が実施されるに至った経緯には、合理的な理由を見出し得ない。

(二) 当時、国鉄全体で民営分割実施による九万三〇〇〇人の人員削減が予定され、そのための定員減が余剰人員の形式で作出されていたところ鷹取工場には、余剰人員約六〇〇人がおり、右国鉄の政策に反対する国労の一大拠点であった。そこで、国鉄当局は、昭和六〇年から同六二年にかけて、国鉄が分割・民営化に移行する過程において、それに反対する国労に対して組織の弱体化を意図し、かつ、新会社発足後を念頭に置いて国労組合員を鉄道本来の業務から排除して来たところ、本件特安教育の目的も、それによって国労に対する支配介入を行い、弱体化を図ることにあったもので、その不当労働行為性は明白である。

2  本件特安教育における受講者の選定基準の不当性

被控訴人は、本件特安教育の受講対象者の選定に当たって、傷害多発者、重傷害発生者及びその発生のおそれのある者(体操をしなかったり、保護具を着用しない者、安全上の注意を再三受けた者)等を基準にしたと主張する。

しかしながら、実際には、一度でも公傷申告をした者が対象者と指定されていること、傷害回数の多い順番に選定されているとは限らないこと、結果的には組合役員、活動家がねらい打ちされていること、日常の職場において、国鉄体操・ヘルメットの着用強制、服装点検などを口実にした労働者いじめに抗議していた組合活動家が、傷害発生のおそれのある者との恣意的認定を受けていることなどの諸点においてその不当性は明らかである。

以下控訴人らの一部についてこれらの点を指摘する。

(一) 控訴人砂原

同控訴人は、二回傷害の記憶があるが、一回目は、風呂に行く途中爪先を打ち、爪を二本傷めたもの、二回目は、モンキースパナが滑って顔を打ったもので、いずれも診療所で簡単な治療を受けただけで休業はしていない。

(二) 控訴人沼田

被控訴人は、同控訴人において、昭和四六年八月、同四七年六月、同五三年三月、同年七月の四回の傷害歴をもって、「かかる多数回の傷害歴のある同控訴人が受講者に選定されたことは当然である。」と主張する。しかし、これらの傷害は、目に塵芥が入ったり、足指の捻挫程度の傷害であって、一般の社会通念に照らして、このような傷害を経験したからといって、その人が一般人に比して、「注意深さに欠ける」と評価されるようなものではない。同四六年から同五三年までの七年間に、回数にして僅か四回である。しかも、控訴人沼田の場合は、それら軽微なものであっても総て公傷として届け出ているから、右が全てであって、被控訴人の詳細に把握している資料においても、同五三年七月以降本件特安教育が実施された同六〇年一二月までの七年間に軽微な傷害すらも惹起していない。ただ新会社移行後において発生した控訴人沼田の傷害事故は、作業場の床面が十分整備されておらず、穴が開いているような状況下での傷害であるから、同控訴人の注意深さと無関係に、会社側の安全管理の落ち度が右傷害の原因であることは明らかである(<証拠略>)。

(三) 控訴人清水、同田上

控訴人田上には、過去において傷害歴が全くなく、控訴人清水においても、被控訴人は同控訴人の傷害歴を取り上げているが、まず「やけど」の傷害については、同控訴人の陳述書(<証拠略>)によれば、それまで所属していた鋳物職場が廃止され、鉄工職場へ配置転換になって間もない頃のことであって、鋳物職場では溶けた鉄の湯の明るさで温度を判断するという感覚で七年間勤務してきたものであるから、その感覚で冷めているものと錯覚して、切断した鉄板を掴んでしまったというものであった。また、「腰部捻挫」については、ギヤーケースを修繕する作業において、ギヤーケースを置く台が低いため、腰を曲げての作業が多く、この姿勢で、エアーグラインダーを長時間使用したことがその原因となったのである。さらに被控訴人は、控訴人清水について、「安全帽を着用せず注意を受けた」とか、「フォークリフトを傘をさして運転した」とか、「猿の面を付けて走り回った」とかいう断片的な事実を敢えて強調している。しかし、安全帽の着用問題については、全職員の公平な記録管理に基づくものではなく、国労役員・活動家を狙いうちにした不公平な人事査定の一環としてなされたものである。フォークリフトを傘をさして運転したという件については、フォークリフトは、そもそも片手で運転するものであって、両手で運転すれば却って危険が伴うものである。本来の職場においては、雨具を支給されているところもあるが、廃車解体作業においては雨具は支給されておらず、また、フォークリフトを傘をさして運転したという者があっても、過去そのことを理由に注意を受けたことはなかった。猿の面を付けて走り回ったことについては、その時期は、国鉄の全職場において、「人材活用センター」が設置された昭和六一年七月以降のことであり、同センターに配属された者は、一日中仕事もなく、詰所で終日ブラブラさせられている状況下にあって、将来に失望し、新会社に採用されないのではないかという精神的不安の毎日であった。控訴人清水は、このような時期にあって、少しでも同センターの雰囲気を明るくしようと考えて、猿の面を付けたことがあるにすぎない。

3  座学の内容について

被控訴人は、右講義内容が、安全に対する知識を養い、安全意識を高める目的で、安全知識及び基本動作を中心としたカリキュラムによって構成されていたと主張するけれども、実際の講義では、安全に直接関係のない人事課係長による、勤務、殊に年休手続に関する講義とか、各職場の担当助役の「特別講義」と称する個人的意見の開陳にすぎないものも含まれていた。

しかも、本件特安教育に使用された教材そのものが、事故の原因を労働者の規律、心構え、服装等に帰着させ、事業者の側の物的・人的対策こそ必要であるとの観点をなおざりにした偏った内容であり、このような教育に労働者が反発したのは当然である。

4  不合格判定の恣意性と不当性について

(一) 本件就業命令の前提である、座学後のテストにおける不合格判定は、以下のとおり、恣意的で合理性がない。

(1) 被控訴人は、安全教育という目的からすれば、不合格者に納得のいく説明が不可欠であるのに、その判定の重要な資料であるペーパーテストの答案、論文の内容、合否の判定基準を開示していない。

(2) 控訴人らの中には、ほぼ同一の問題のテストについて、合理的な説明もなく数回不合格判定を重ねられた者もいる。

(3) しかも、不合格と判定された者は、これらの判定が総合的判定という主観的・抽象的なものであることにより、一層人格を傷つけられた。

(4) 更に、右不合格者中には、組合活動家の占める割合が高く、組合活動の故に不利益を受けたものと推測される。

(二) 被控訴人は、ペーパーテストや論文だけでなく、受講中の心構えをも含めて、総合的に合否を判定したというけれども、そもそも態度自体から不合格と判定し、再教育の必要ありと判定することは許されない。そして、被控訴人の教官が、控訴人らの各人につき、どのように受講態度が悪いのか具体的に指摘したことはない。

(三) 右のとおり、被控訴人が合否判定に当たり考慮したとする「安全に対する認識度が低く、心構えが十分でない」という基準には合理性がなく、被控訴人の控訴人らに対する不合格判定は、活発な組合活動の経歴を有する控訴人らを嫌悪してなされた差別的取扱いにほかならない。

5  控訴人らに対する本件座学、テスト、及び軽作業の実施状況は、別紙軽作業等実施状況一覧表記載のとおりであり、本件軽作業の内容、管理体制及び作業環境は、左記のとおり著しく不当なものであり、本件作業就業命令及びその作業が安全教育に名を借りた、国労の組合員に対する報復措置として、違法性、不当労働行為性を有することは明らかである。

(一) 本件軽作業の内容

控訴人らに課せられた作業は、自転車の修理、文鎮・銘板・メダル磨き、電線被覆除去、ホースマット制作である。しかしながら、これらの作業は、労働基準法とか、労働安全衛生法により事業者に要請されている労働者教育の内容としては妥当性を欠くものである。すなわち

(1) これらの作業は、控訴人ら工場技能職員が日常、職務として従事している機関車、電車などの検修整備作業とは全く類似性のない性質のものばかりであり、また、この単純初歩的な作業を繰り返したところで、作業安全の知識とか、作法が身に付くとは到底考えられない。

(2) これらの作業は、それまでは外注させたり(自転車整備)、払い下げされたり(電線)していた物の再生作業であり、また極く一部の部門の職員が試作しただけのもの(文鎮・銘板・メダル磨き、ホースマット制作)の制作作業であって、国鉄工場において、それまで一部署を設けて継続的、専門的に取り組んだことのない異例の作業体制である。

(3) 本件軽作業の期間は、不定期であり、二期後の再試験は事前に予定されておらず、延期されたり、再試験の結果も不合格とし、作業継続とされたり、一日当たり五〇分として二〇日間にわたり設けられていた自習時間の目的が不明であることなどは、控訴人らの人格を意図的に傷つけるものであった。

(二) 本件軽作業の管理体制について

本件軽作業においては、少数の労働者(一期生で五名、二期生で四名)に対し、二名ないし三名の助役や本場の課員が付き添った上、労働者の「不安全行動、保護具の状況、協調性、服装、体操等」、いわば一挙手一投足を数項目に分けて記録しており、労働者がトイレに行くのも監視する有様で、通常の勤務状況とは明らかに異なり、「監視労働」ともいうべき管理体制が敷かれていた。

(三) 本件軽作業の作業環境について

本件作業場は、もと材料置場や車庫として利用されていた場所で、当初は、埃が積もり、作業のできる状況にはなかったものを、水洗い・清掃した上、床にロードカラー塗装をし、控訴人らの要求により暖房・照明設備、手洗場所等が設けられた。

本工場内には、関西鉄道学園分室の実習作業場があり、被控訴人が本件軽作業のため同所を利用することも可能であったのに、これを敢えて避け、旧材料置場を選択したのは、控訴人らに対する「報復措置」として本件軽作業を行ったことの表れである。

6  なお、元来労働安全衛生教育は、労働者にとって職場の安全と衛生の確保を求めうる権利たる性格を有しているところ、その一環である本件特安教育における座学合否の判定や、特別作業に就労させることについては、労働安全衛生委員会に付議されるべきであるのに、付議されないまま実施され、しかも前叙のとおり座学不合格の判定が恣意的に行われ、それに続く特別作業に就労させた業務命令も、安全衛生教育の趣旨や理念から逸脱し、合理的な理由もない軽作業に就かせて、いたずらに労働者の人間としての尊厳を傷つけたもので、適法性を欠くのみならず、不当労働行為として違法である。

二  被控訴人の認否と反論

争う。

1  本件特安教育実施前後の事情について

(一) 本件特安教育は、以下のとおり、鷹取工場における傷害事故の多発及び重傷害事故の発生、労働基準監督署の指導、国鉄本社の監査等、個々の職員の安全意識、知識等の向上・涵養を図ることが緊急の課題であることを示す客観的事情が存したことから、同工場において従来実施されていた安全衛生講習会に代えて、極めて充実したカリキュラムを編成して実施されたものであって、これが余剰人員に対する労務対策であるとか、国労鷹取支部弱体化のための不当労働行為であるなどという主張は、およそ失当というべきである。

本件特安教育実施に至る経緯は、別紙「安全教育をめぐる主要な出来事」と題する表記載のとおりである。すなわち、同工場では、昭和五九年から本件教育実施直前の同六〇年一一月まで死亡事故及び重傷事故が多発していた(そのため同工場で発生した傷害事故の強度率は全国鉄工場の中で最も高いものとして、本社資料で指摘されている。<証拠略>「昭和六〇年度工場別安全成績」)。そして、本件教育実施後昭和六二年三月までの間は、死亡事故は〇、重傷害事故は二件に止まっている。また、傷害件数全体については、有休・不休の合計数の変遷をみると、昭和五九年度上期(四月~九月)で三九件、同下期(一〇月~三月)で三六件、昭和六〇年度上期で五四件と極めて高い水準にあったのであり、この段階で強力な安全衛生教育の実施が要請されていたことは一目瞭然である。なお本件教育実施後の半期毎の数をみると、それぞれ二〇件、三二件、一七件と激減していることが判る。次いで、労働基準監督署の立入検査結果をみると、昭和五九年度では命令、勧告、指導件数が相当数あり、施設関係の改善の余地があったことを示しているが、昭和六〇年に実施された検査結果では右施設面の是正は略終了しているのであり、残るは職員の安全意識面における対策であった。そして、本件教育後になされた同署の立入検査結果でも、施設面の勧告指導等は低い水準にあることが示されている。本件教育前後の安全教育及び技術教育を概観すると、昭和五九年九月までは月一回、一回当たり一日の安全衛生講習会が、同年一〇月以降は月二回の割合でそれぞれ実施されていたものの、前述した理由から昭和六〇年一一月以降、本件特安教育が実施されることになったのであり、他にも電気取り扱い、プレス・シャー、アーク溶接等の作業の安全を確保するための特別教育が本件教育以前にも実施されていた。また、技術教育にしても昭和五九年八月から同六〇年三月までの間、多車種化教育(ある職員について、その担当している車種以外の他の車種の検修を可能にするための教育)が約五〇〇名の職員を対象にして実施されており、昭和六一年から同年七月までは合同職場内教育が実施されているのであって、鷹取工場における教育は技術教育、安全衛生教育等活発に実施されており、本件教育の実施は、前記のとおり必然的であったというべく、何ら他意の存在を窺わすものではない。

右のように、本件教育が実施された理由は、正に職員の安全衛生に関する認識、知識の向上を図る必然性が存したからであり、これを余剰人員に対する労務対策などと主張することは、右教育の趣旨の曲解も甚だしいというべきであろう。

しかも、被控訴人において繰り返し主張したとおり、本件教育は、工場責任者の使命としての職員の安全の確保に資するものであると共に、これを職員の側からみても自己の傷害事故発生の防止に益するところ大であったのであり、更に軽作業に従事することにより、前記安全に関する知識の習得、安全の基本動作、工具等の基本的使用方法、傷害防止のための習慣等を身につける機会が与えられたのであって、職員に害悪を与えるものでないことは勿論のことであった。かかる教育の実施をもって、不利益扱いであるとか、組合に対する支配介入であるなどということは到底できない。

(二) ところで、控訴人らは、本件教育実施以前に、同工場における傷害発生率はさほどでもなかった旨主張する。しかし、同工場における昭和五九年度の有休及び不休の傷害事故発生件数は七五件、昭和六〇年度のそれは同年一二月までで既に六七件にのぼっているのであり、極めて憂慮すべき状況であった(<証拠略>)。なるほど(証拠略)の傷害程度別・機関別死傷者数(工場)と題する表(これは国鉄本社で作成されたものであり、鷹取工場の分として掲記されている数からすると、昭和五九年度のものとみられる。)によれば、同工場の有休以上の千人率及び不休を含む千人率はいずれも全国平均を下回っているが、注意すべきは、同表によれば鷹取工場の不休は〇とされていることである。すなわち、昭和五九年度の鷹取工場では、前記証拠によれば不休の傷害事故は六八件あったのであるが、同表では〇とされているのである。これは、国鉄の取り扱いとして、不休の傷害事故は、初診から七日以上の加療を要するものを不休一種、六日以内のものは不休二種と分類し、国鉄本社には不休一種のみの報告が義務づけられていて、不休二種は報告されていなかったことによる(<証拠略>)。右のとおり、同表には鷹取工場で多発していた不休二種の数が現れていないのであり、これをもって同工場の労働災害発生状況が他より悪くないということはできない。不休二種の傷害事故にしろ、年間七〇件前後もの多数の傷害事故が発生していること自体、同工場の労働安全の確保に重大な問題があることを示すといわなければならず、また前述したとおり、一つの傷害事故の背後に、多数の隠された無傷害の事故の発生の危険性があることは、ハインリッヒの法則の示すところである。

また、控訴人らは、昭和五九年に発生した電気職場におけるライザーハンダ揚装置の修繕作業中の死亡事故について、同工場側に労働安全衛生法上の義務違反があったなどと主張する。

しかしながら、鷹取工場では、高圧の電気機器については活線作業(通電状態のまま作業をすること)をしてはならないとされていたのにかかわらず、右事故の作業者は、これを遵守せずに、通電状態で作業したため事故が発生したものであった。同事故の発生については、工場側管理者を被疑者として刑事告訴がなされたが、検察官は次の理由によってこれを不起訴とした。すなわち、事故のあった同装置は扉を開けると自動的に停電状態になるような仕組みであり、国鉄ではこのような装置について通電状態で作業をさせる取り扱いをしておらず、また総合的にみて点検・修理の際に感電のおそれがあるとは認め難いほか、本人は管理者の予想する以外の作業に従事していたというのである(<証拠略>、同工場職員が結成した「故坂井君の労災事故の真相を求める会」の発行したビラによる。)。同事故の発生については同工場当局も重大視し、これに対して真摯に対応したものであって、控訴人ら主張の如き事故責任につき工場当局の対応に不適切は全くなかったのである。

2  傷害歴と受講者の選定基準

本件教育の受講対象者は、傷害多発者、重傷害発生者、重傷害発生のおそれのある者(体操が不十分であったり、ヘルメット不着用者、安全上の注意を受けた者等)を中心として、当該職場における業務の繁閑、職員の不可欠性等を考慮して決定されたもので、その選定は合理的な基準に基づきなされている。

ところで、控訴人らは、本件教育の受講者の選定及び不合格者の決定が恣意的であると主張する。しかし、まず受講者の選定についていえば、控訴人沼田には昭和四六年八月の右中指切創、昭和四七年六月の左示指挫創・伸筋腱一部断裂、昭和五三年三月の左眼内異物、及び同年七月の右拇趾打撲捻挫四回の傷害歴があった(<証拠略>)のであり、かかる多数回の傷害歴のある同控訴人が受講者に選定されたことは当然のことである。しかも同控訴人は新会社発足後にも傷害事故を起こしている。控訴人清水は、昭和五九年八月に椎間板性腰痛症、昭和六〇年四月に右手熱傷(Ⅲ度)、同年九月に腰部捻挫、同年一〇月に下顎部挫創の各傷害事故を起こしており(<証拠略>)、右傷害はいずれも本人の不注意に起因したことは容易に推定されるところであり、更に同控訴人は安全帽不着用等に対して管理者から注意を受けたことは自ら認めるところであって、教育受講者に選定されたことに何ら不思議はない。また、同控訴人は本件教育を受講したにもかかわらず、その後も四、五回傷害事故を発生させており(<証拠略>)、更にパラパラと降る程度の雨で、片手で傘をさしながらフォークリフトを運転するという極めて危険な行動(本人のみならず、近くの社員に対しても危険である。)をとっており(<証拠略>)、以上の事実は、同控訴人の安全に対する意識が希薄であり、不安全行動をしないように積極的に取り組む姿勢が欠如していることを示すものであって、同控訴人を受講者に選定したこと、及び軽作業に就かせつつ安全意識、認識の高揚を期した処置に誤りがなかったことを示すものである。

更に、控訴人らは、控訴人田上について、同人には過去に傷害歴がなかったことを指摘する。たしかに、同控訴人が所属する部品職場は、車輛から取り外した空制等の小物の部品を作業台の上で修繕する作業が主体であることから、鷹取工場の中では傷害発生数の最も少ない職場のひとつであり、第一期で受講した千田稔の通算三回という傷害歴が最も多いのであって、現に本件教育を受講した部品職場の職員のうち傷害歴のない者は、控訴人田上の外、第三期の築木務、第四期の友澤義広、第五期の鎌谷博章、第六期及び第七期の羽根田清治、同宮本寿一、第八期の諏訪司、同道家純也等多数存する(<証拠略>)。したがって、殊更傷害歴のない控訴人田上だけを取り上げて、選定の不当性を論議することは明らかに誤りである。更に、同控訴人が選定されたことについては、安全に対する意識に問題があった(体操、着帽等)外、同控訴人は、昭和六〇年二月にスキーに行って右足靱帯損傷の重傷を負ったため、同年五月に職場に復帰してからも完全に回復するまで、従前従事していたブレーキ制御弁の作業をせずに、工具室において工具の管理、貸出業務等軽減された作業に従事していたというのであるから、同控訴人の職場における不可欠性等が勘案されたとみられる。

右のとおり、控訴人らの、本件特安教育受講者の選定基準が不当である旨の主張は、失当である。

3  座学の教育内容及びテスト結果等について

もともと本件教育は、労働災害の八〇パーセント以上が労働者の不安全行動に起因する実態を踏まえ(<証拠略>)、当局における事故防止のための物的設備の改善がほぼなされた後に、職員の安全意識の涵養等のために、特に実施されることになったのであるから、その教育内容は、性質上、安全衛生に関する基本的知識の習得、危険予知訓練等による不安全行動の防止等を目的とする内容であった。ところが、控訴人らは右講義に対して、教育の趣旨を曲解し、徒に質問と称してこれを防害しようとするなど不当に抵抗したことが窺われる。かかる控訴人らの基本的考え方や姿勢からすると、充実したカリキュラムのもとに実施された教育に対して、これを習得しようとしなかったことが容易に推定され、受講中の態度及びペーパーテスト、論文の成績が不良となり、安全衛生に対する取組みないし安全衛生に関する意識が乏しいと判定されたことが、妥当であったことは明らかである。

当審における控訴人らの陳述によっても、少なくとも控訴人らの回答した論文の内容は、労働災害は使用者の有する物的施設の不備に起因するのであり、労働者側の不注意のせいにするのは不当である趣旨のものであったことが認められ、その点からみても、教育内容の理解が不足しているものとして、控訴人らに軽作業及び自習を命じたことに何ら不当なところはないといえる。

4  不合格判定の当否

控訴人らは、被控訴人が本件軽作業従事者に対し、「不合格判定」ないし「再教育必要性」という人格的劣悪評価をなして懲罰的労働を課したとか、その判定が恣意的であるなどと主張する。

しかしながら、再教育の必要性の判定が、直ちに当該労働者の人格的劣悪評価に繋がるものではないことは明らかである。すなわち、その判定は当該労働者の技術力や勤務成績を判定したものではなく、安全の確保の面で不十分であることを示すに止まる上に、その判定が前記3のとおり公正に行われたのであり、控訴人らの陳述書をみても、同人らに再教育が必要であったことが裏付けられている。

5  本件軽作業及び就業命令の当否について

控訴人は、本件軽作業が「苦役」、「監視労働」、「無意味労働」「懲罰的労働」に当たり、したがって右就業命令は違法であると主張するけれども、本件特安教育の結果、安全に関する知識、認識が不十分と判定されたものを直ちに元の職場に帰さずに、一定期間軽作業に従事させると共に、その間の自習時間を通じて、安全に関する知識、認識、基本的動作の習熟を図ったことは極めて合理的施策というべきであり、以下のとおり、本件軽作業の目的、内容、管理の実情を考慮すると、右作業及び就業命令が違法なものとは到底いえない。

(一) 本件軽作業が「苦役」などといえるものでないことは、右作業に何らノルマないしこれに類似するような強制が加えられていないこと、作業内容・態様も軽度のものであること、また、勤務時間・給与に変更がない上、後記のとおり「監視労働」などといえるものでもないことより明らかである。

(二) また、控訴人らは、本件軽作業をもって、無意味労働と主張するけれども、右主張が失当であることは、次の各点により明らかである。

まず、本件軽作業実施当時の国鉄では、巨額の財政赤字を抱えていたことに対する国民や政府機関等からの批判に応えるべく、全社的に増収、経費節減活動が活発に行われていた。本件軽作業で命じられた作業及びその成果は、いずれも増収ないし経費節減に資するものであって、無意味なものとは到底いえない。

つぎに、本件軽作業を命じるについては、安全に関する知識・認識、保護具の着用や安全の基本動作を習得させる目的を有していた。すなわち、国鉄では、安全管理基準規程を定めており、(<証拠略>)、鷹取工場安全管理基準規程では「総活安全衛生責任者は、各作業について作業基準及び安全作業心得を作成しなければならない。」(<証拠略>)とか、「職員等は、安全を確保するため、作業基準及び安全作業心得を遵守しなければならない。」(<証拠略>)と定められており、鷹取工場でも「安全衛生作業心得」(<証拠略>)が作成されていた。本件軽作業従事者は、この冊子の学習も求められていたのであるが、同冊子には、安全に関する様々な注意が記載されている。たとえば、「服装」、「保護具」、「整理整とん」、「通行」等について詳細な事故防止のための注意がなされ(同書五頁以下)、更に工具(ハンマ、ヤスリ、タガネ、スパナ、万力、ボール盤)等の使用に関する注意も丁寧になされているところ、本件軽作業では、右の工具等が使用されて何種類かの作業がなされたのであり(自転車修理におけるスパナ・ドライバー、ホースマット制作におけるボール盤等)、軽作業従事者はかかる工具の適切、安全な使用等を通じて、安全に関する基本的態度を身につける機会が与えられたのである。

(三) 控訴人らは、本件軽作業場が隔離されており、本件軽作業が監視労働であると主張するが、その失当であることは、同作業場に配置された助役が常時そこにいたものではないこと、勤務の認証のためには助役の配置が必要であったこと、作業進捗に併せて工具や材料等の準備のために、本場課員の配置も必要であったことによって明らかである。

(四) 更に、控訴人らは、本件軽作業中の自習時間の設定や、その期間について種々論難しているが、被控訴人は、一〇日間にわたる極めて充実した講義形式による安全教育の効果が十分に上がっていないものに対して、いかなる方法によって安全に関する知識等を習得させるかについて検討した結果、二期分の講義期間中に、本件軽作業の従事と自習時間の設定を決定したものであって、何ら不合理なものではない。

第三証拠(略)

理由

一  当裁判所も、原審と同様に、控訴人らの本訴請求はこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、左記のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏一〇行目の「証人」の(証拠略)を「第五三号証、第五九ないし第六一号証、証人」と訂正する。

2  同一一枚目表七行目の「証人」から同八行目の「松田」(証拠略)までを「原審証人大西純、同横道征次、当審証人土井雅美の各証言、原審における控訴人砂原直文、同田上豊彦、同大田透、原審被告高木亨、同松田芳三、当審における控訴人沼田隆明、同清水健一郎」と訂正し、同一二行目から同裏二行目の「発生している。」までを次のとおり訂正する。「鷹取工場では、昭和五六年三月と、同五九年七月に死亡事故が発生したが、後者の事故の態様は、電機職場において、点検作業中、通電状態で高圧回路を点検し、左手甲部が高圧部に触れたことによる感電死であった。そして、同年四月には、右示指切断創、同年五月には左足内顆骨骨折、同七月には趾基節骨骨折の事故が、同六〇年八月には失明事故が発生したが、その態様は、丸小螺子を万力に挾み、豊で切断したところ、丸小螺子が跳ね返り、通りがかりの他の作業者の左眼に当たり眼球破裂の傷害を負わせたものである。その他、有休、不休の傷害事故は、同五九年度上期(四月―九月)で三九件、同下期(一〇月―三月)で三六件、同六〇年度上期で五四件、同年一〇、一一月に更に一一件発生しており、そのため、同六〇年度上期における同工場での傷害事故の強度率(労働損失日数を延労働時数で除して一〇〇〇を乗じて得られる数値)は〇・九〇であり、全国鉄工場の中で最も高かった。そこで、」

3  同一二枚目表一行目から同二行目の「重傷事故」までを「作業者二人が昇降足場での共同作業中、連絡、合図の不十分等のため一人が足場から転落し、右鎖骨骨折の重傷を負う事故」と、同一三枚目表五行目の「指名された。」を「指名された。本件特安教育の実施期間中受講者の勤務時間、給与は、それまでと変わりなかった。」と、同裏一一行目の「当時」を、「当時巨額の累績(ママ)赤字を抱え、更にその増大が見込まれていた」とそれぞれ訂正する。

4  同一六枚目表一行目から同裏一枚目までを次のとおり訂正する。

「同六二年四月から新会社(JR)が発足したが、控訴人らを含む鷹取工場の職員は、自ら辞退したものは別として、全員が希望の会社に採用された。

三(ママ) 右で認定した本件特安教育実施に至る経緯、その目的、講義の内容、受講者の選定方法、本件軽作業の実施目的、作業環境、作業管理体制及び作業内容等並びに以下で認定・説示するところを総合すると、控訴人らに対する本件軽作業就業命令は、労働者の安全と健康を確保すべき事業者の措置として、必要性及び合理性を有するものであり、業務命令の裁量の範囲を著しく逸脱したものと認められないのはもとより、本件軽作業が、憲法一八条で禁止される苦役に当たるとは到底認められない。

1(一)  控訴人らは、本件特安教育受講者が国労組合員のみであり、同組合員をねらい打ちしてなされた旨、主張するけれども、原審における被告高木亨本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、鷹取工場の技術職員約一二六〇人中一一六〇人以上が国労組合員であることが認められるのであり、その比率からすると、本件特安教育の初期において国労組合員以外の者が受講者に指定されなかったことが、必ずしも不合理とはいえない。また、控訴人らは、右受講者として、国労組合役員をねらい打ちにしたとも主張するところ、前掲(証拠略)によれば、右受講者の選定基準として重視されるべき、過去五年間の傷害の有無と右受講の関係を、昭和六〇年度の鷹取工場支部及び電車分会における職員及び国労組合役員についてみると、全役員一一人中右傷害歴のない者五人は、いずれも受講者とされておらず、控訴人砂原と共に右傷害件数が二件である執行委員浅野康浩が右選定の対象からはずれているのは、当時繁忙であった艤装班長としての職にあったためであること、電車職場職員で右傷害歴を有する者二八人を、役員(六人)とそうでない者ら(二二人)とに分けて受講者の割合をみると、役員六人中四人が受講している一方、そうでない者二二人中一四人が受講しており、両グループ間に有意の差を見出し得ないことが認められ、右事実によると、控訴人らのこの点に関する主張は失当に帰する。

(二)  控訴人らは、控訴人砂原、同清水、同沼田、同田上について、特に、本件特安教育の対象者とされたことの不当性を主張するので、以下右各人について検討する。

(1) 控訴人砂原

成立に争いのない(証拠略)の結果を総合すると、同控訴人は、昭和五一年九月二〇日、物品の運搬作業中床上の物につまずいて、手押車の心棒で右足を打ち、治療日数一〇日間を要する、右下腿打撲・切創を負い、同五七年一月二六日、モンキースパナで物を締めている時に同スパナが滑って顔を打ち、治療日数四日間を要する上口唇挫創を負い、同五九年七月一一日、鷹取工場内で入浴するに当たり、階段でつまづいて、治療日数六日間を要する右第四、第五趾挫傷を負ったことが認められ、右各負傷は、いずれも本人の注意によって回避可能であったことが、右各事故の態様自体より明らかであるから、本件特安教育の対象者として選定されたことが不当であったということはできない。

(2) 控訴人清水

(証拠略)の結果を総合すると、同控訴人は、昭和五九年八月一七日、鋳鉄の塊をフォークリフトに積込作業中、椎間板性腰痛症の傷害(有休)を負い、同六〇年四月二日、ギアケースの部材をガス切断器で切断作業中、高熱の切断片を軍手を着用した右手で触ったため、右手熱傷(Ⅲ度)の傷害(不休)を負い、同年九月五日、中腰の姿勢で、ギアケースの部材をグラインダーで研磨中に腰部を捻り、腰部捻挫の傷害を負い、同年一〇月二日、右同一部材を電気グラインダーで研削中にグラインダーが引っ掛かり、その反動で跳ね上がった砥石部が顔面に当たり、下顎部挫創の傷害を負い、更に同控訴人には、安全帽不着用、片手で傘をさしながらフォークリフトを運転する等の不安全行動があったことが認められ、(<証拠略>)の記載及び当審における控訴人清水健一郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、にわかに採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右で認定した各事故の態様から、各傷害は、本人の注意によって回避可能であったことが窺われる上に、不安全行動もみられるのであるから、右控訴人が本件特安教育の対象者として選定されたことが不当であったということはできない。

(3) 控訴人沼田

(証拠略)の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)を総合すると、同控訴人は、昭和四六年八月一六日、右中指切創の傷害を負い、同四七年六月九日、治療日数約二週間を要する左示指挫創、伸筋腱一部断裂の傷害を負い、同五三年三月一七日、左眼内異物の負傷をし、同年七月一九日、治療日数六日間を要する右拇趾打撲捻挫の傷害を負い、また、本件特安教育実施前、工場内で安全帽、安全靴不使用につき職場長から注意を受けていることが認められ、(証拠略)の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、にわかに採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右で認定した傷害の内容、回数及び不安全行動から、同控訴人には安全教育の必要性のあることが窺われるから、同控訴人が本件特安教育の対象者に選定されたことが不当であるということはできない。

(4) 控訴人田上

(証拠略)の結果に弁論の全趣旨を総合すると、同控訴人は、過去傷害歴はないものの、同職員が所属していた部品職場は、もともと傷害発生数の少ない職場である上に、国鉄が安全教育の一環として職員らに実施させている国鉄体操を行わない、安全帽を着用しないなどの不安全行動がみられたこと、更に同人は昭和六〇年二月スキーに行って右足靱帯損傷の重傷を負ったため、同年五月職場に復帰後も完全に回復するまで工具室において工具の管理、貸業務の軽作業に従事していたこと、本件特安教育の一期から九期までの受講者一五四人中には控訴人田上を含め一五人の傷害歴のない者がおり、これらの者が特安教育の対象者とされているのは、所属職場の繁閉、当人の職場における不可欠性をも合わせ考慮して選定されたためであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右で認定したところによれば、控訴人田上が右対象者に選定されたことがとくに不当であるということはできない。

2  控訴人らは、国鉄が座学終了後の筆記試験・論文の答案の内容、採点結果等を開示せず、受講者の態度という主観的な基準をもってした不合格判定が、組合役員をねらい打ちにした不公平なものであると主張するので検討する。

(証拠略)の結果を総合すると、

(一)  国鉄は、本件特安教育前から、災害防止のための設備の改善を行う一方、右安全教育の講義においては、主に職員の側の安全意識の向上などを図るため、傷害事故が一般に、不可抗力二、物的要因一〇、人的要因八人の割合で生じるとするハインリッヒの研究などを講義において引用し、作業者の不安全行動の解消を中心課題として実施したところ、事故の原因を総て作業者らに押し付けるものであるなどと反発し、講義を無視したり、妨害し、更にその旨右論文に記載する受講者も見られた。

(二)  講義の後に行われた筆記試験・論文などの答案は返却されなかったが、右試験の翌日に安全係長が正解と解説を約一時間にわたって行い、受講者各人に自己の試験結果を把握させ、問題の趣旨、回答の内容を理解させることとした。そして、合否の判定については、右試験の採点結果のほか、各講師の評価や右論文、グループ作業の結果などを総合した上でなされた。

(三)  本件特安教育の一期から九期までの受講者中再受講者は一一人(うち一人は三回受講者)で、そのうち国労役員は三人であって、三回受講者の中に、役員はいなかった。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右で認定のとおり、国鉄は講義終了後の試験の答案を返却していないものの、その正解の公表と解説は行っているのであるから、安全教育としての効果がないとはいえないし、受講中の態度を含め、複数の講師によってなされた合否の判定に不公平があったということはできず、かつ、再受講者中に占める国労役員の割合がとくに多いわけでもなく、国労役員をねらい打ちにして不合格者・再受講者を選定したということもできない。

したがって、これらの点に関する控訴人らの主張は採用の限りでない。

3  控訴人らは、本件軽作業が安全教育に資することのない無意味労働であると主張するので検討するに、(証拠略)の結果を総合すると、

国鉄においては安全管理基準規程を定めており、鷹取工場安全管理基準規程一七条一項には、総括安全衛生責任者が各作業につき作業基準及び安全作業心得を作成すべき旨、又同一八条には、職員らが右基準、心得を遵守すべき旨定められており、鷹取工場の安全衛生作業心得には、ヘルメット、保護眼鏡等の「保護具」「服装」「通行」等についての事故防止のための注意、ハンマー、ヤスリ、スパナ、ドライバー、万力、ボール盤等の工具の使用に関する注意も記載されているところ、本件軽作業である文鎮・メダル磨き、自転車の分解組立、電線被覆除去、ホースマット制作の工程には、右保護具、工具の使用が必要であり、右軽作業が安全の基本動作の修得のため有益であることが認められ、合わせて、当時巨額の累積赤字を抱えていた国鉄において、全社的に行われていた増収・経費節減に資するものであることは前記認定のとおりである。このような点に鑑みると、本件軽作業が安全教育に役立たない無意味労働である旨、その余の控訴人らの主張は採用の限りでない。」

二(ママ) 以上のとおり、控訴人らの本訴各請求は、いずれも失当として棄却すべきものであるから、これと同旨の原判決は正当であって、控訴人らの本件各控訴は理由がない。

よって、本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法第九五条、第九三条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田眞 裁判官 福永政彦 裁判官 鎌田義勝)

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